2022年3月27日に写真展「すみだ川画暦 ~The Sumida River Almanac~」が終了しました。会期中はたくさんのお客様に御来場いただき、展示、ダミーブック、完成版のアーティストブックをご覧いただくことができました。初日のギャラリートークや会場でお客様にお話ししたこと、十分にお伝えできなかったこと、そして展示最終日から撤収までに起こった出来事を、展示後記として記録しておきたいと思います。
今回展示したプロジェクト「すみだ川画暦 ~The Sumida River Almanac~」は、早い時期から「本」を作品とすることを念頭において製作とリサーチを進めていました。そして2021年春からReminders Photography Stronghold(RPS)の後藤由美さんにディレクションをお願いして、今回の展示とほぼ同時に2冊組のアーティストブック「すみだ川画暦 ~The Sumida River Almanac~」の販売開始に至ります。
これらの2冊の本は、アメリカの美術史家 ジョージ・クブラーが著書「時のかたち」の中で提唱した「系統年代」という時間概念に着想を得て、「直線的な(クロノジカルな)時間概念」と「循環的な(アクロノジカルな)時間概念」を本のかたちで表現し、私たちを取り巻く時間の再考を試みようとしたものです。
何度目かの打合せの際に後藤由美さんから展示のオファーを頂いてから、展示プランを考えている中で「そもそも時間とは何なのだろう?」という素朴な疑問を抱き、イタリア人の物理学者 カルロ・ロヴェッリにたどり着きました。彼の著作「すごい物理学講義」と「時間は存在しない」を読んではみたもの非常に難解で、とうてい理解したとは言えないのですが、その時間概念を彼の著作からかいつまんで説明すると以下のようになります。少し難しい内容ですがお付き合いください。
空間と時間が「世界を縁取る普遍的な構造」でもなければ「世界を理解するのに不可欠の文法」でもないことは、物理学の世界では100年以上前から自明なのだといいます。さらに、その最新の研究分野である「ループ量子重力理論」によれば、私たちには知覚できない量子レベルのスケール(長さの単位:10-33cm!)で世界を見ると、事物(量子)は空間のなかに在るのではなく「量子自体が空間そのもの」であり、その過程は時間の中にあるのではなく量子の相互作用の結果として「時間」が生じているのだそうです。
つまり空間も時間も事物と同じく量子的であって、時間は空間と一体化した広がりであり、過去と未来を区別する「時間の矢」もなければ、「現在」という特別扱いされるべき時刻も存在しないというのです。そして量子レベルを認識できない私たちの近似的で曖昧な見方から世界を眺めたときにはじめて、エントロピーの増大(秩序だった状態から無秩序な状態への不可逆な変化)によって現れる「過去と未来の差」や「時間の流れ」が生じるのだそうです。
なんとも狐に抓まれたような話ですが、彼が量子重力理論に基づいて論じた「時間」は、非常に難解でありながら何とも魅力的で、今回の展示製作にあたってとても影響を受けました。
まず「時間と空間が一体化したような広がり」を表現するために、約90㎡のギャラリーの高さ約3m、総延長16.7mの壁に対して、73番目の素数にあたる367枚の定点観測写真をいかに整然と並べるかに腐心しました。ここでは「梁」が展示プランの味方をしてくれます。整然と並ぶ一つの列に梁が干渉して一枚少ない列が一列だけできたために、壁全体ににピッタリとグリッド状に並べることができたのでした。
そして定点観測と並んでプロジェクトのもう一つの核となる、すみだ川にまつわる歴史的な出来事は、グリッド上に並ぶ写真の中に飛び出している黒いボックスで表現しました。総数で64個になります。鑑賞者はボックスを覗き込むという動作を伴って歴史的な出来事にアクセスし、覗き込んだ箱の中は四面鏡の万華鏡でアーカイブ・イメージが奥深く広がります。これはアーカイブが無限に広がる様から、すみだ川に起こった様々な出来事の奥行きに思いを馳せていただくことを意図したものです。
また367枚の写真に日付は入れず、はじめと終わりを示す手掛かりも示さず、会期中にお客様から始まりの位置を尋ねられない限りは、自由に好きなところからご覧くださいとお伝えしました。実は367枚の定点観測は暦通りに並んでいたのですが、手掛かりの無い鑑賞者は前後関係を認識できません。一見不親切かもしれませんが、あえて「時間の矢」の向きを知らせずに鑑賞者に自由に見ていただくことが、ロヴェッリの言う「過去も未来もない時間」へのオマージュとなり、「時間について再考する」というプロジェクトの趣旨にも合うと考えてのことでした。
設営完了後、グリッド上に秩序だった写真の配列の中にボックスがランダムに飛び出す展示風景は、あたかもロヴェッリの著作にあったエントロピーの増大を視覚化したかのようで、2冊の本とは異なる3つ目の時間概念を表現できたのではないかなと感じています。
しかし、会期最終日前夜から最終日にかけて思わぬアクシデントが起こることになります。エントロピーの増大が進んだかのように、あるいは満開の桜の花が散るかのようにハラリハラリと写真が落下したのです。その様子は、フライヤーの裏面のデザインとよく似た光景でした。本展のフライヤーデザインを手掛けていただいたデザイナーの鈴木萌さんは、最終日の光景を予言していたかのようです。
復旧しても復旧しても追いかけるように写真の落下は止まらず、100枚以上は落ちたでしょうか。最終日の開場時間になっても復旧の目処は立たず。それをRPSの後藤由美さん、久光菜津美さんが必至の復旧作業に尽力してくださり、会期終了まで残り2時間と迫った17:00頃までかかって元の状態に復元してくださいました。感謝してもし尽せません。本当にありがとうございました。
復旧の約二時間後、RPSの後藤勝さん、写真家の菅野健一さん、前述のデザイナー/写真家の鈴木萌さんにもお手伝いただき、撤収作業に入りました。私は破損の恐れがあるボックスの撤収を担当したのですが、作業しながらふと思い立ち、64個のボックスを8個×8個に積み上げて独立壁を構築しました。かつて私が写真に取組む動機となったスクラップ・アンド・ビルドを体現するかのように。展示から10日経った現在も名残惜しく、この壁を撤収できないままでいます。
<展示概要>
浦川和也 写真展「すみだ川画暦」
■ 会場:Reminders Photography Stronghold(東京都墨田区)
■ 会期:2022年3月12日〜27日(終了)
改めて、感動的な個展でしたね。
見に行けず、本当に残念です。
ありがとうございます!全く未定ですが次の機会はぜひ。