日本生命日比谷ビル(日生劇場)

日本生命日比谷ビル・日生劇場外観

【DATA】

  • 所在地:東京都千代田区有楽町1丁目
  • 設計:村野・森建築事務所
  • 施工:大林組
  • 竣工:1963年

 村野藤吾の戦後の代表作と言われる生命保険会社の本社と劇場の複合施設。日比谷公園の緑豊かな環境に面する、単窓を整然と並べたクラシカルなファサードは「端正」という言葉がふさわしいデザインです。
 建設当初、南側にはF.W.ライトの帝国ホテルがありましたから、その関係を強く意識したことは想像に難くありませんが、その表現を丹念に見ると、一見クラシカルなデザインが「端正」という言葉だけでは説明しきない代物であることが分かります。

日本生命日比谷ビル 開口部詳細

 このように単窓を並べるデザインでは、通常は構造体のフレームに囲まれた中に開口部を設けます。しかし、ここではカーテンウォール(荷重を担わない壁)を採用して柱と開口部の位置を揃え、開口部と構造体の位置関係は意図的にずらされており、このズレは窓の上部に突出した梁にも現れています。つまり、この外壁は御影石張りで重々しい表現を取っていますが、その表現とは裏腹に、構造的にもデザイン的にも荷重から解き放たれた、建物を覆っているだけの軽やかな存在だと言えます。

 一方、内部は、壁にはガラスモザイクが、そして天井にアコヤ貝が張りまわされた、うねりのある空間の劇場が有名です。(残念ながら中に入る機会が無く実際に見たことはありません)

日生劇場エントランスロビー

日生劇場エントランス

 1階廻りも見所は多く、ガラスで仕切ることによって一体に見せた事務所のエントランスと劇場のロビーは、複雑な動線に対する見事な解決策を示しています。また、ピロティのモザイクタイル、アルミ型押し材という工業製品を用いながら和風の意匠を思わせる天井のデザイン、劇場ロビーの繊細な階段や手摺など、村野藤吾らしいディテールは見る者を飽きさせません。

ピロティ

 機能主義的デザインが全盛であった当時、整然とした外観とその外観と無関係に設えられた有機的デザインのホールの関係性は、多くの物議を醸したと伝えられています。しかし、一見クラシカルな外観も、従来の考え方を逆転させた表現であることを思えば、内部と外部のギャップに対する否定的な指摘そのものが、建築家の意図に対してまったく的を得ていなかかったと言えるでしょう。
 劇場の有機的デザインは、私たちに日常と切り離された空間体験を与える役目を十分に果たしていることは間違いなく、一方、外観のデザインは、ライトの帝国ホテルや日比谷公園との関係を徹底的に配慮した結果として導かれた回答だったように感じます。既にライトの帝国ホテルの姿はなく、今となってはこれらが肩を並べた姿を目にできないことは残念ですが、だからこそ、この建物は日比谷公園の緑豊かな景観を一手に引き受けているように感じます。